波多江 定夫
長いサラリーマン生活を経て自営の道に入った、いわゆる脱サラ組です。
40代前半までは仕事をバリバリこなす会社人間でしたが、45歳のときに、知的障害のある長男のことをもっと知りたいと思い、会社の制度を利用して一年間休職。地域の福祉施設でボランティア活動をしたことが脱サラの直接の動機になります。
ボランティア先として障害者の施設を選びましたが、人間関係でいえば、会社のように仕事を通して人と接するのではなく、施設では、人と接することそのものが仕事であり、楽しくもありましたが、緊張感を持続させる精神力を必要とされ、それが私の性に合っていたようです。
ボランティア活動の拠点は、当時住んでいた埼玉県日高市にある障害者の施設で、入所生活を送っている障害者の介助や自立援助が主な仕事でした。
会社に復帰してからは、仕事への意欲が失せ、それまで誇りにしていた会社のブランドにも魅力を感じなくなり、ボランティアとして働いたときのように、人と直接接する仕事をしたい、そんな想いがますます強くなっていきました。
定年まで15年を残し、このまま同じ気持ちで勤めるのは耐えられないと思い、退職を決意。同じように、会社の自立支援制度を利用して脱サラに至りました。
会社のブランドも社会的地位も役職もなにもかも捨て、1994年8月、ノーブランドの、ただのオジサンとしての再出発が始まりました。